ずいぶん偉いひとから
手紙をもらっていた
有名な作家や詩人
詩集を出した時、3つの新人賞の最終選考に
残っていた
思い出した
詩集を出して賞をとるレースに明け暮れる
そういう道をたどってはいけない
尊敬する詩人が手紙をくれた
審査員に媚びて賞を貰う
好きなことだから 愛想笑いは しなかった
部屋を掃除して書評を読んでいたが
審査員は みな亡くなって
思い出すら かちんかちんの粘土
外は雨になって
忘れていた記憶がよみがえる瞬間
寒気がする
地中に眠る人たちの
たくさんの本に囲まれ
呼吸がつらい
詩人の仕事は ひとつ
ひとびとを幸せに
この世の様々なことを美しい言葉で描写する
なかなかそうはいかない
ある夜
長谷川龍生が話していた
いまさらにして 新しい発見の日
夏のような日が続いている
ウクライナの戦争も
上海のコロナも続いている
きゅうり苗に かぶせる ビニールを買う
ホトトギスが 啼いている
ほーほけきょ というから
おもしろい 草むしり
ししとう 甘長 鷹の爪 ピーマン
20日間好きなことをしている
昨年剪定した キンモクセイのうち
大きいのが 元気がない
伐り過ぎたかも
書棚を整理する 廊下に並べて
手紙が挟んである
すでに 亡くなった人が多い
とうとう机の周りをかたづける
昔の年賀状が出てくる
すでに 亡くなった人
お元気ですか 今年もよろしく
とうとう退職です お世話になりました
しばらくは好きな俳句の会に
楽しそうに 書き添えてある
いやあ 高齢の鬱 になりそうだ
静かに机に向かうと
膨大な時間が 過ぎている ことに
気がついて
開高健の短編を改めて読む
初めて 作家の息遣いを感じた
万年筆の筆圧のようなもの
感じた
気が付くと雨は やんで
南に植えていたゆずの木も
長い間にすす病になり黒く昨年から少しづつ
伐りはじめ
とうとう根っこを掘り
暑い夏のような春に
悪戦苦闘してぼたぼたと汗して
何か所も太い根ががっしりと
それをのこぎりで切り
スコップで堀進み
最後の根っこまで
朝8時から午後5時まで
すごいものだ
根っこは地上の3倍はある
ハサミで切ると柔らかく
ごぼうのにおいがする
全部取り去って土をかけて
水をかけて
長い間お疲れさまと声をかけた
すると日陰にうっすらと
ひかりが射して
私の一日も終わった
買ってきて
畑に ぐるりと置いて
にらを植えて
草を採り
急に夏になって
排水溝の掃除をして
土曜日や日曜日には安心する
みんな休日だから
無職の人はこういう感じか
さみしいものだ
48年ぶりに無職になった
はじめは嫌だったのに
そういえば退職した大学教員は
家に来い 本を寄付する
これはお前にやる
偉い人も
旧帝大の学長も学部長も文化勲章も
電話かけてきて 書斎の掃除して
不要な本は図書館に渡し
亡くなるとご遺族がもう一度
連絡してきて
今度はごっそり整理するのだ
こうしてみんな
定年後は
畑を耕しながら
年をとっていくのか
味わっているが
やはりどこか
まだ
納得していない
地球上の経済活動 定年
耕して食糧を作ること
それはわかる
燃え尽きないのだ
納得のいく
きちんとした
詩が生まれていないから
なんて 言い訳を考えながら
庭の草を抜いている
雀に餌を撒いて
ほかの鳥も待っていて
この瞬間を得るために
これまで働いてきたのだと
納得させるのに
手こずっている
難しいものだ
人間は
私は
朝早くから
庭先の畑を耕して
汗をかいて
エンドウ豆の棚を作り
石灰を撒いて
スギナの根っこを取り
あちこちの地震や
ロシアとウクライナのこと
想いながら
タタールのくびき
思い出しながら
午後は自室の書棚の整理
たくさんもらった詩集
あまり読んでない
順に並べなおして
いろんな人の手紙を
読み直して
午後を終える
目が覚めると
金曜日だったが
今日は出勤しない日だ
新入りの頃
紺の背広に縞のネクタイ
皮靴と鞄
朝飯も食わず
勤めに行く朝
いやだった
電話が鳴っても
出たくなかった
そのうち
椅子にもたれ
ネクタイゆるめ
残業して
48年
今日は庭の草をつまんで
学校から流れるチャイムを聞いた
5時だ
すると連休が終わった夕暮れに
海辺を歩いている
若い頃の情景が
私をはるかな宇宙空間に
誘い出す
帰れない旅が
はじまっているのか
それとも
これを得るために
頑張ってきた
ごほうびだろうか
両親に聞いてみたい