無性に辛い物が食べたい
礼服を脱いでから
キムチ鍋を食べたくなって
材料を買ってきた
豆腐と豚肉薄切り
にら
葬儀開始の合図
お坊さんの叩く鐘の音
かんかんかんかんかん
かかかかかかかかかあああんんん かん
鋭く耳に焼き付いている
金属の音が耳の底で
鳴り止まぬ
そのせいだろうか
辛い物を食べたい
キムチ鍋のスープメーカ
3社あり 迷う
そこで少し現実に戻される
2014年10月11日土曜日
2014年10月10日金曜日
葬儀
葬儀があって
いろんなことを決めたり
黙ったり
納棺やら
若い係員の説明に耳を傾け
うなづいたり
なるほど
上手いものだ
なるほどそうか
昔の暗い
そしていつまでも
だらだら酒を飲み
どこかの親戚同士が
喧嘩したり
田んぼでもめたり
しないんだ
最近は
いろんなことを決めたり
黙ったり
納棺やら
若い係員の説明に耳を傾け
うなづいたり
なるほど
上手いものだ
なるほどそうか
昔の暗い
そしていつまでも
だらだら酒を飲み
どこかの親戚同士が
喧嘩したり
田んぼでもめたり
しないんだ
最近は
2014年10月7日火曜日
そういうわけで
3人のノーベル賞が決まった
日本では 研究者が頑張って発見しても
結局、会社の仕事の成果だと
特許や利益をめぐって
訴訟になることがある
ことを知った
会社が開発研究経費を払ったのだから
あとは給料でよいだろう
ということか
詩人 金子光晴が「赤土の家」と呼んだ風土
みそ汁と海苔と座布団
仏壇と雨戸
座敷の壁面に戦死者の遺影
そういうわけで
3人の研究者が日本の土壌から
晴れて受賞したことは
おめでたいのだ
日本では 研究者が頑張って発見しても
結局、会社の仕事の成果だと
特許や利益をめぐって
訴訟になることがある
ことを知った
会社が開発研究経費を払ったのだから
あとは給料でよいだろう
ということか
詩人 金子光晴が「赤土の家」と呼んだ風土
みそ汁と海苔と座布団
仏壇と雨戸
座敷の壁面に戦死者の遺影
そういうわけで
3人の研究者が日本の土壌から
晴れて受賞したことは
おめでたいのだ
2014年10月6日月曜日
風もようやく
台風は 静岡から関東へ
北陸としては あまり被害はなかった
このごろいろんな
詩集が届く
無理に世界を歌うのではなく
生きている日常の断片を切り抜き
その模様を知らせる
できれば夕日
あの街この街
日が暮れる
今来たこの道かえりゃんせ
おうちがだんだん遠くなる
歌いながら
泣いたことがある
北陸としては あまり被害はなかった
このごろいろんな
詩集が届く
無理に世界を歌うのではなく
生きている日常の断片を切り抜き
その模様を知らせる
できれば夕日
あの街この街
日が暮れる
今来たこの道かえりゃんせ
おうちがだんだん遠くなる
歌いながら
泣いたことがある
2014年10月4日土曜日
台風が迫る
台風が迫って
涼しい風が強く吹いて
郊外へ
野菜を求めて
スイカにメロン
おくら
甘長
ジャガイモ
玉ねぎ
長ネギ ホウレンソウ
親戚から
マツタケが届き
マツタケご飯
美味しかった
手を合わせて いただく
涼しい風が強く吹いて
郊外へ
野菜を求めて
スイカにメロン
おくら
甘長
ジャガイモ
玉ねぎ
長ネギ ホウレンソウ
親戚から
マツタケが届き
マツタケご飯
美味しかった
手を合わせて いただく
2014年10月2日木曜日
セメントの粉
そっくりだと知人が言った。
昭和54年に
御嶽で噴火があり
ふもとにいたら
セメントが降ってきたという
車の前のガラスが
傷だらけになって
まず
ほうきで落としてから
水をかけるのだそうな
水をかけると重くなって
なかなか始末に悪いものだと
松本にいた知人は
転勤時代を振り返った
昭和54年に
御嶽で噴火があり
ふもとにいたら
セメントが降ってきたという
車の前のガラスが
傷だらけになって
まず
ほうきで落としてから
水をかけるのだそうな
水をかけると重くなって
なかなか始末に悪いものだと
松本にいた知人は
転勤時代を振り返った
2014年10月1日水曜日
47名の尊い命が
木曽の御岳山
47名の犠牲者
恐ろしいことだ
朝のラジオ
フイリッピンで1991年
ルソン島北部のピナツボ火山が噴火
二酸化硫黄は成層圏まで達し
落ちてこないと
気温が下がる
寒い夏には米がとれず
タイ米を輸入したそうだ
飢饉で食糧不足から
民衆が蜂起して
フランス革命が起きた
と
47名の犠牲者
恐ろしいことだ
朝のラジオ
フイリッピンで1991年
ルソン島北部のピナツボ火山が噴火
二酸化硫黄は成層圏まで達し
落ちてこないと
気温が下がる
寒い夏には米がとれず
タイ米を輸入したそうだ
飢饉で食糧不足から
民衆が蜂起して
フランス革命が起きた
と
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