新年
早々
忙しい
毎日
詩のノートを開けて
ひとつづつ見直している
のです
74歳になると言うのに
どうしましょう
新年あけましておめでとうございます。昨年9月3日に妻の母が100歳で旅立ちましたので年賀は控えさせていただきます。昨年のトピックスとしては、10年ほどかかって書いていた「大学図書館を創る」が、とうとう完結しました。18万字です。昨年中に出版する予定だったのですが、元学長の祖田先生の急逝により、計画は振出しに戻り、1年かけて最初から読み直し、文体を変更しました。まあ書き直したわけです。
今年は引き受けてくれる出版社を探す長い旅になりそう。福井県詩人懇話会にも復帰したので引き続き詩を書きます。それにしても年末に山岳エッセイスト増永廸男さんが亡くなり悲しい限りです。11月に会って長く話し込んで、それが最後になったのですが、昨年の年賀状に「またどこかでお会いしましょう」と書いてあった。ご冥福を祈ります
10年くらい前から書き溜めていた文章を
並べ直してこのほど終わりました
20万字ありますが、4万字削除しました。
しかし1月10日に、租田先生が伊賀市民病院で
急逝されました。好きな畑に行かれたのだと思います。
寒い日だったのでくも膜下出血で85才でした。
いろいろアドバイスしていただいたのに、残念でなりません。
京都大学の総長の澤田敏男、坂本慶一、常脇恒一郎、千田貢、
菱山泉、下谷政弘、井口省吾、徳岡善助、上田顕、みんな急いで
旅立って行かれて。
書き上げた原稿、今年は活字にしたいと、思っています。
まあそれで、祖田先生の喪に服していたわけです。
今年もよろしくお願いします。それから、大事な事ですが
この20年間に500ほど詩を作りました。それを今拡げて
虫干しをしています。悔いのないように、下手な詩が多いな。
つまり未熟だったのです。
ずいぶん前から詩人広部英一の
「もくしゅく忌」に出席しようと
詩編を選んでスピーチの練習をしていた
2時間前になって 何もかも
投げ出したくなり
急に気分が悪くなり
それで欠席してしまった
それでも近くまで行ったのだが
しろつめ草と子供たちは読んでいた
あのレンゲソウのことを
もくしゅく というのだな
貰った詩集を何度も読み返していたら
ますます背中が寒くなって
それはこの詩集「 畝間 」が
死者との対話だったので
生前よく仕事で目の前に座っていた
眼鏡姿を思い出して
ぼくより20歳年長だった
生きていれば92歳だ
思い出すと いろんな過去が
嫌になった
死のことも
生のことも
それでひたすら我慢して
眠りこけていた
寒いようで暑い
変な日だった
まいった
死者は生者を惑わすなかれ
だったか
正月に地震がきて
あのあと耐震設計の抽選に合格したが、
家の中をあちこち触られるのが嫌で
さあどうするか、悶々と過ごして
さあどうする、地震の来る前に寿命で死ぬという
こともなさけなや
老後である 先に死んだ連中も
みんな元気でいるか
親の援助で早く家を得たから
耐震設計が古かった君ら
助かったのだからもういいんじゃない、
迎えに来るのか
実は今日 私の生まれた日なのだ
町内のごみステーションの防犯灯と監視カメラ
電源と地主に電信柱を交渉して
上手くいきましたが雨に濡れて
まあ機嫌よく帰ってきて
今朝またもやギシギシと
震度4らしいけど
うちは震度2
つらいですね揺れるのは
自分の布団に眠れること
水があり風呂があること
しみじみありがたいものです
地震とは
ものすごい力で山や海を動かすものであります
松の木の1本でも
ぼくは動かせない
佐渡から山梨、長野、岐阜、富山、福井をギシギシと
動かす力とはどんな力
ですか
神様ですか