いいね
世界が平和で
みんな
楽しい地球で
ありますように
Willie Nelsonが好きだ。 Sheryl Crowも。
ドライマテ二にピメンテ入れて
金曜の夜 古いウエスタンを聞いていたら
なんだか幸せになった
福岡の友人が 句会に行って
北風やブルドッグのふぐり
返事は どうすればよいか
サマータイム 魚は跳ねるし
住みやすいし あの歌
なぜか Sheryl Crowも 好きだ。
その理由は何となくわかっている
雪が消えかけ 春が来ている
アメリカの 素朴さ が 好きだな
あの 笑顔
どうじや
電話した
あまり ゆれん かった
了解
で終わった
そういえば 熊本の城も
洪水も
こちら花壇を作って
花はゆきのした
何とか無事でいるが
この雪で 近所の車庫の
しゃれたカーブの屋根が
ぴしゃりと壊れて 雪の重さをしみじみ
やっぱり構造は
三角だ
生きることは
耐えること 春が来るまで
庭のねぎを収穫して
そうめん ゆでて
播州赤穂のそうめん か
肥前神埼のそうめん か
宝くじが先か 競馬が先か 株はどうか
銀閣寺の雪景色を見たい
ちなみにこの写真は「鍋敷き」
親戚のおじさんからのプレゼント
おじさんの苗字は長尾
江戸時代は「侍」だった
大切にしている
栄えるくに
佐賀 海も穏やか 何より区画整理と 用水
定住の里 名前と土地だけ残して 消えた
スペイン風邪じゃないか 何か そのような免疫の
薬がないから
やはり 昔の冬は 想像ですが ですよ
北海道も寒い
東北から北陸も寒い
若狭から琵琶湖あたりは暖かい
古墳がある
京都 奈良 青い青銅の瓦 朱色の丹土 につち を 均 ならすから
あおによし ならのみやこ すごいもんだな 言葉は
あおによし 都になってから 生まれた 枕詞
若狭には 怖いという意味の方言がある
きょうとい という
男の子は「きょうてえ」女の子は「きょうといで」
60年前 若狭湾の公園の建物の裏にいくと、変な言葉が聞こえる という
宇宙人やないか 中学校でうわさが広がった
今なら 何語か すぐわかる のだが
酒屋で ジンを買った
タンカレ-と ドライベルモットで
ドライマティーニを飲みたい
雪を見ながら ピメンテ
オリーブの瓶
280円
氷を使ってぐるぐると搔き廻して
若いころ 粋がって
ドライ ドライ ドライ ドライ・マティーニ
と 背広で 足を組んで
若いから 青い いい背広を着て
今日 後ろの車にピピピイ
クラクションならされて
バックするつもり
アタルとこだった ばい
せからしか そぎゃんことなか
いつの間に車が来てたのか
灯油スタンドで
ぬしゃ あ なんば しょっと か
これがあの池袋のバーの暗い
テナーサックスを聞きながら
そうじゃないよ、織田作之助はね
文学は文法じゃない 感覚だセンスだ
などと
今 気が付いたのだ けれど
正月から20日も経って 邪馬台国を想像して
こちら毎日 冷たい雪が降って 寒い
ドライマティーニ
ウオトカでもいいや
池袋 西武の地下の バイト先
吉祥寺北町に住んで 練馬にも
寒いと蒸留酒がいる
小学校の書初め大会、お題「初まいり」
だった。初は左側が難しい
「ま」は最後のところが三角になるように
「い」は思い切り右がわを元気よく見せて
慎重に押さえる。りは左を少しにして
つなぐ気持ちでたっぷりと、きゅうり、のように
そしたら「特選」になって県大会に出ることになった。
大会に行くと昨年の経験者は、すでに瓶の中に家で磨った
濃い墨を持ち込んでいた。墨汁のようなもの。僕は、初めてで
知らないから、学校の水を汲んで来て、硯に入れて墨を磨った。
しかし、練習に消費してしまい、墨がみるみる減った。
父が、「墨を磨るから、お前、字を練習しろ」感謝した。
すると、僕の書道の先生(森狭江)が、やってきて
「親に墨を磨らせるなんて、自分でやりなさい」
仕方がない。家で作ってきた連中に負けてしまう。
しかし、仕方がない。いよいよ「競書会」開始、
半紙2枚。右の隅に小さな印が押してあった。一枚目、
緊張のあまり、ささっと早く書いた。墨が心配で、力が
ないみたい。二枚目、最後だから、ゆっくり、力を入れ過ぎ、
にじんでしまった。シャープではない。試合が終わって、
家に帰る。2週間ほどたって、忘れていた。2月の朝礼、
校長先生が壇上へ僕を呼んだ。四角い箱をもらった。
中を見ると、漆塗りの硯箱だった。
ぼくは、週末に算盤検定もあるから、忙しかった。
家に帰ると、父は喜んだ。半分は父さんのものだ、と笑う。
書道塾で、試験用の半紙が裏返しの時がある。表と裏をよく
確かめて、きちんと気持ちを整えることを注意された。
ハッとなった、失敗した、と思った。楽しい、いい思い出。
小学校2年か3年だと思う。あの頃の延長だと思えば、
老後も、なんとか生きていけるような気がする。
。
あけましておめでとうございます
新しい年を迎えました。病気、事故、災害、いろいろ待ち受けている
困難を、ひとつひとつ振り払い、さわやかに 生きていきたい。
そう願いながら、雪を見つめています。
良い詩を書きたい と しみじみ思います。
紙もインクもあります。机も体力もあります。
感受性もまあまあ、なのになぜ書けないか。
原因はわかっているのです。
詩の神様が、どうしても、許してくれないのです。
この神様は、わがままで、私と同じ性格なのです。
他人の言うことを聞かないのです。強情で、
まあ、そのうち、私が神になりますから。
それまでの辛抱です。