2018年10月14日日曜日

秋晴れの墓参

ことしは雪が降って台風が来て
地震が来て(北海道に)
父母の墓参り
遅くなりました


大名町の交差点 たくさんのパトカー
高速道路入口まで 大野街道
10メートルごとに5~6人
若い警官の警護 ああ そうか
今日は 大変な 日 
高速では 何しろ前も後ろも 青いバス
機動隊 のような感じ
制限速度で 走る


敦賀を越えて小浜で降りるところ
間違えて 再度 はいり直し
父母の墓はありました のだ
水、 線香 花 と 墓参は終了


秋晴れ 焼き鯖寿司を買い
帰宅後 熱い風呂に
はいったのだ

2018年9月30日日曜日

また台風だ

朝から
ゴーヤの棚を整理して
正午に雨戸しめて

私室にこもり
漱石全集を取り出し
第1巻

「吾輩は猫である」

初めて自分の机で
漱石を読む

恥ずかしいが
間に合うだろうか 死ぬまでに

それまで世俗の変なことばかり
付き合ってきて
そろそろきちんと
します
みなさんごめんなさい

2018年9月14日金曜日

祖父母参観の日

祖父母参観の日に
保育園に行く

教室の周りにぐるりと
じじいとばあさんが立っていて
孫の動きを見ている

私はまず
男女の数を調べて
うちの孫が疎外されていないか
もしも いじめ がいたら
後ろから近づいて
ネック ハンギング
とび蹴り かまして やろう

雰囲気を追って
隣のじじい の 表情を追う
隣は 良い時計
しかし 駐車場は
フェラーリもランボルギーニもない
ロールス も クライスラーも ないぞ
マドンナ も モンローも

自己紹介が始まる
おはようございます 私は○○の
おじいちゃんでございます
白髪で微笑む上品な老人
いよいよ 私の出番
じじい あんど ばばあ でえす
受けた
帰りに孫は
じじい アンド みんな 笑ってた
と告げた 
よしよし

2018年9月8日土曜日

台風と地震と

北海道の地震
すさまじい揺れ
地滑り

傷ましい
恐ろしい

早く平常に戻って欲しい

こちらも
強風で近所のトタン屋根が舞って
椎の木に留まって

これで10年間4回目
持ち主は 詫びを入れるが
怖いのだ
ガラガラと とんでくる
椎の木はこれで 3枚のトタンを捕まえた

この椎の木は丸岡のおじさんが
持参してくれた記念樹

だんだん大きくなって
少し伐ろうかと
それから3年の間に我が家を2回救った

去年、細かい枝が折れて かわいそう
ご褒美に 多めに肥料を 
鶏糞、米ぬか、油粕
元気になってくれよ

するとまた働いた
トタン屋根を抑え込んだ

えらい えらい
人間と同じ
まだまだ 活躍する

北海道 関空 岡山 それに熊本の地震 3.11の福島
がんばれ

2018年9月2日日曜日

日本のいちばん長い日

半藤一利が30歳ころの
文芸春秋の編集次長時代
朝4時に起きて書いた

さきの大戦の日本降伏の前後の
ありがたい著作

これによって
国民は
なにが どうなっていたか
よくわかる

著者の力量に感謝したい
幸いにも関係者が生存していた
良かった時代
の著作

いずれにしても活字と映像は保存しないと
すぐに時代は
物事を忘れるから

原子爆弾を17個作っていたこと
陸軍大臣の割腹
など

2018年8月26日日曜日

芥川龍之介 歯車

数十年ぶりに
芥川龍之介全集を読んだ

中学の頃だった
教科書で読んで
さっぱりだった

なんだか偉い人だと
しかし
歯車はわからなかった

遺作だった
久々に読んで
良く分かった
難しくない
私が生きてきた
手探りの60数年を物差しにすると
簡単な感じがした


2018年8月24日金曜日

わはは

MRIを受けてきた感想は
やかましい

があーーがあーー
ピコンピこん

なんであんな音を
しかしですよ
終わる頃には頭がすっきり

続いて脳波

知ってる限りの野菜を言いなさい

よっしゃあ

とまと きゅうりなす かぼちゃ

レタス セロリ レンコン インゲン

あと出ない
人参ホウレンソウ 枝豆
そんなこと
家に帰ってから思い出した

頭にごりごり
接着剤で電極
今日は 何日ですか
知らんよそんなもの 夏の暑い日さ

終わりました
どこもおかしくないですよ
ああそう
どうするのそれで
僕の脳みその断片は

わはは わはは