2012年9月29日土曜日

新詩集2

 
夏の休日

スタインベック短編集を

ポケットに入れて

ゆるやかな坂道を

私はゆっくりと歩いている


一日が

まもなく終わる

不意に

「真夏」

と思う

中学の教科書に

「朝食」

というのがあった

「おれたちはこれで十二日間もうまいものを食っているんだ」

綿をつむ一家の表情を

想像する


夜になったら

ビールを飲んで

ひとりで

ブラームスを聴こうと思う

やがて冷気が

部屋の中を満たし

アメリカ・インデアンの物語をささやく


私はようやく眠りにつく

その瞬間のために
この坂道を

しばらく登る

              


 
鯛を釣る日


魚を釣ることに夢中で

木犀に肥料をやるのを忘れて

釣竿を肩に出て行く私の頭上に

木犀はかおりをふりかけてくれる

私は木犀以下だ

私は情けない気持で防波堤に座った


そういえば

酒ばかり飲んでいた

私は情けない気持で釣り糸を垂れた


雨が降ってきた

とべないかもめがいる

足に釣り糸がからまっている

助けられない


雲が流れていく


まず家に着いたら肥料を埋めよう

ひとりで飲もう

くよくよするな


するとピイーンと糸が張って

小さな鯛が釣れる

きれいな鯛だ



 
落ち穂

稲刈りに来てくれ

古いカッターシャツを着て

ごそごそと親戚へ行く
小作人の気持ち


休んでいると

足元に稲穂が落ちている

昨日

マックス・ヴェーバの

プロテスタンティズムがなんとか

という本を読んだ


宗教心が強いところは

みんな頑張るというのだ


落穂を見せると

親戚のおじさんは丁寧に両手で受け

にっこり笑った


詩を作るより

田を耕せという言葉は正しい


大阪千日前


軍隊が降伏して武装解除されると、ビルマの英軍は

遺体を掘り返しました。例えば、日本兵の「山田」

にいじめられた場合、英兵は紙切れに書いてビンの

中に入れている。そこで「山田」が呼ばれて処刑さ

れる。しかし「山田」はどの「山田」かわからん。


戦争は殺し合いです。相手の事を考えていたらやられる。

やられる前にやらなあきまへん。私が生還できたのは、

英軍のおかげ。紳士の国ですな。薬を撒いて蚊を殺して、

それから攻めてくるんです。わたしら、食うものなん

か何にもあらしまへんやん。蛇なんかみんな上官にとられて

滅多に食べられへん。戦車は怖ろしいです。数キロも奥

からキロ、キロいうて戦車が人を殺しにきよる。あんな
こわいこと初めてやった。
「敵さん  たんといてはる。ものすご撃ってきはりまっせ」
京言葉は戦争に向きませんで。兄弟は五人いましたけど。
みんな死にました。私まだ、マラリアの特効薬、持ってます。
戦車の音もときどき聞こえます。酒飲まな耐えられへん。
白いコメ腹いっぱい食って死にたい。大阪の米屋のぼん
が、泣きながら死にました。子供の時から一番うまい
炊き立てのコメ食うていたから、まいったんやな。
これでも私は元教授です。大学の名前は勘弁してください。
このへんでは、私のことを乞食やいう人おます。けど信じたら
あきまへんで。今日は持ってまへんけど、勲章あります。
もう一本酒飲みたいなあ。あんたええ人や、すぐわかります。
兄は宝塚で開業医してます。失礼ですがお金貸してくれたら

倍にして返しますけど。
「ご兄弟はみんなお亡くなりになったのでは」
おまえ、うるさいな


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